「暗闇に炎があると人は自然に炎の周りに集い合い
恋人たちは炎の揺らめきが映った瞳に恋をする

家族は時々電気を消してらんぷの炎を見つめながら語り合えば良い
きっと素敵な家族になれる」

三代目である別所 昭の言葉です。

ランプ作りの始まりは大正13年でした。

初代・留吉は”世界で一番優れたハリケーンランプ”を作ることを目標とし、

約10年に渡る研究の末、当社のシンボルであるハリケーンランプを完成させました。

昭和初期にはハリケーンランプに限らず、洋燈などのランプ作りを行う会社が存在し、

大阪にも数社、洋燈のバーナーを製造している会社がありました。

しかし時代は流れ、バーナー製造会社は次々と廃業。

その時その中の一社であるバーナーの製造を行なっていた他社の社長が、

当社を訪れこう言ったといいます。

「ランプの炎を、どうか絶やさないで欲しい」

​そしてバーナーの金型を全て当社に託していきました。

この時から当社は様々なランプの製造を開始、

その金型たちは当社で改良を加えながら現在も活躍しています。

そんな活躍し続けてくれている機械や金型たちから作業中、

声が聞こえる時があります。


それが優しい時もあれば、
何日も何日も厳しい声が続く時もあります。

 

私よりもずっと長く働いてきた彼らは、

複雑に見えて実はとてもシンプルな構造であることが多く、
仲良くなる事が出来れば
驚くほどスムーズに作業を進めてくれます。

私の都合で動かすのではなく、

理解し合って(時にご機嫌を伺いながら)対話をする。


たくさんの人の思いと共に生き残った彼らは、

理屈だけでは決して、未来へ共に歩んでくれはしないだろうと思うのです。

​五代目 別所由加