top of page

原点の灯を、これからも。

  • 5代目 別所由加
  • 14 時間前
  • 読了時間: 2分


祖父・昭(3代目)の時代は海外への輸出販売がメイン事業でした。


祖父の遺した手記には「職人達の工夫と努力により製品の品質が欧米のメーカーにも勝るとも劣る事のない品質のものに出来上がり、ヨーロッパはもとよりアメリカ本土にも上陸できる様になった。」と記されています。


特に「アメリカのマーケットの大きさはうちのような小さいメーカーでは到底お客様の要求数の半分もできず、1970年を中心に前後10年間程は職人全員が昼夜作業しても受注の三分の一しかできなかった。」と記されており、ハリケーンランプが大いに活躍できる時代だったようです。


かつて世界へと販売されていたハリケーンランプ達は主に『赤色』そして『青色』『黒色』など、いずれも単色に塗装されたランプ達です。私にとっては幼い頃からいつも身近にあったハリケーンランプ。今も現場では、かって活躍した赤いランプ達に囲まれ、見守られながら作業をしています。



(画像・上)事務所の棚の上から見守る歴代ハリケーンランプたち

(画像・下)かつて製造していた#350ハリケーンランプ・赤色が金型棚の上段で現場を見守っています




3月20日(金)より弊社ハリケーンランプの原点として活躍した『赤色』『青色』『黒色』の単色に染められた定番色の常時受注販売を開始いたしました。


私は100年守り続けてきた製法を継承しつつ、新しい時代に応じた私のハリケーンランプを作り続けていますが、かつての先人職人達が作り上げたハリケーンの定番色も大切に守り、共に歩んでまいります。




ちなみに当時はそれぞれの販売先に応じてロゴマークは違っていました。


1.羽車 1956年〜 2.BAGUS 1970年頃 3. PUMA 1956年頃 4.MERCURY 1956年頃

※羽車とBAGUSは英国、BAGUSはベトナム等で販売


現在、私(5代目)の作るハリケーンランプは『羽車』のロゴマークを使用しています。


 
 
bottom of page